~ 急を要する物流改革 ~
我が県の交通網は陸上を除き、海上と航空はかつて各県から羨ましがられるほど充実していました。しかし残念ながら今日では空の利便性が良いだけで、海上、JR貨物等の物流改革は遅々として進まず、関係者の苛立ちの声さえ県当局に向かい始めています。
20年以上も前、海上、JRを使っての物流に取り組む姿勢は見せたのですが、当時国が突然打ち出した超高速船テクノ・スーパーライナー構想に飛びつき、この一点に絞り込んで物流改革を進めようとしました。その後、オイルショックやバブル崩壊でテクノ高速船が夢物語となってしまい、この大きなショックから抜け出せないまま今日に至っているのです。ようやく関係者一同物流改革の遅れが本県経済に与える事の重大性に気付き、県行政も重い腰を上げる兆しが見えて来たようです。
以前京浜航路に就航していた日本カーフェリーは北海道炭鉱汽船(株)の資本やノウハウのもと設立されたものです。当時は本県の観光が隆盛期を迎えようとしていた時であり、豪華な旅客貨物フェリーの就航が話題を呼び、順調な滑り出しでした。
その後新婚旅行を主とした観光が国内から海外へ、また、船が航空機へと大きく変化していく過程で収益性の高い旅客需要が大幅に減少し、採算性の低い貨物トラック中心のフェリー運航となり、旅客をメインとした船のため、運航コストが高く、その後、燃料高騰もあり経営が行き詰まったのです。
テクノ・スーパーライナー一点に絞って物流改革を推し進めていた県当局はじめ関係者には旅客、貨物併用のフェリーからコスト運航のできる貨物専用RORO船への代替の考えに至らなかったようです。
同時期、北海道も同じくテクノ・スーパーライナーで物流改革を考え、取り組んでいたのですが、状況判断がすばやく首都圏への貨物専用のフェリーを就航させ、釧路港—日立港(茨城)間をデイリー運航し、本県と同じ遠隔地にありながら大消費地東京、関東圏域での道産品の円滑な物流・販売に大きな力を発揮しているようです。
本県も40年以上前の海上貨物輸送実験の原点に帰り京浜航路の復活を図る必要があります。
また神奈川県の川崎港には当時の苦しい県財政の中で5,000平方メートルを上回る県有地が確保されていますが、京浜航路の休止後、施設を撤去し更地として貸付られています。この用地は大消費地、首都圏の本県の物流拠点として有効利用することの出来る宝物であります。
物流改革は北と南の違いはあっても、大消費地に同程度の遠隔距離であることを考えると、今回も北海道に学ぶ必要があると思います。
第8回